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甲府地方裁判所 昭和24年(行)8号 判決

原告

長田喜男

被告

五開村長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十四年一月十五日原告に対してなした南巨摩郡五開村助役免職の発令はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める旨申し立てた。

事実

原告は昭和十四年七月一日南巨摩郡五開村役場に書記として就職し、昭和十九年七月二十日收入役となり、同村議会の同意を得て昭和二十三年五月十六日被告から同村助役に選任されたものであるが、被告は昭和二十四年一月十五日何等の理由なく原告の助役たる地位を免職する旨の辞令を送付して來た。そこで原告は直ちに被告に対し文書を以て違法な辞令は受け取るべき筋合でない旨の理由を明らかにして、その辞令を返却したのである。地方自治法第百六十三條但書によれば、地方公共團体の長は任期中においても助役を解職することができると規定されているけれども、右規定は助役が助役としての職務遂行に当り不正又は不当の行爲があつて解職すべき理由が明らかな場合に限るもので、本件のように村長の一方的な考えによつて解職することは違法であると謂わなければならない。從つて、この樣な違法な被告の行政処分の取消を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、被告の主張事実に対し、被告主張のように昭和二十四年一月八日の村議会において原告に対する不信任案が可決されたことは認めるが、地方自治法には村議会において助役の不信任を議決することができる旨の規定はないから、その議決は無効である。被告は不信任案が可決された結果、村政及び村議会の運営の上に支障を來したと言うけれども、被告は不信任案が可決された当日直ちに原告を罷免する意思を表明し、罷免手続を研究の上発令すると述べていたのであつて、右不信任案可決の結果、原告の在職によつて村政運営に支障を來したと言うような事態は発生するいとまはなく、この点に関する被告の主張は理由がない。原告が助役に就任するに当つては他に一名助役の候補者があつたので、昭和二十三年四月三十日被告等と種々話合の結果、兎も角原告が先ず同年十二月二十五日まで助役に就任し、その後は他の者にその職を譲ると言う申合をしたのであるが、右申合は單なる申合に止まり原告の辞職を強制する法律上の効力はない。村議会議員十六名中十名は始から原告を支持しており、前記不信任案可決の理由は申合に從つて辞職すべきだと言う唯それだけの理由であつて、原告を支持する十名の議員も右議決に加わつているので、不信任案可決と言ことうだけでは何等村政運営に支障を來すものではなく、又実際上支障を來すべき具体問題も発生していないのである。被告は又、原告が昭和二十四年一月十一日被告を告発したことを罷免の理由にしているが、被告が原告罷免の意思を表明したのは前述のように同月八日であつてそれ以前である。原告は被告が原告罷免の発表をしたので、それでは被告の非行をあばくことが村政上利益ありと信じてなしたものにすぎない。又被告は助役は村長の女房役として村長と表裏一体であるべきものと主張するが、村政の正しい運営においてこそ然るべきもので、村長の自由勝手な処置に対し助役が唯々諾々として迎合しなければならぬとすれば、助役の必要はなく村長の独裁にすぎない。

以上のように被告の原告罷免は全くその理由がないと述べ、立証として証人望月水造の証言及び原告本人の訊問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告は主文と同趣旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、被告が何等の理由なく原告を免職したと言う点を除き、その余の点は総てこれを認める。被告が原告を罷免することに至つた理由は次のとおりである。すなわち昭和二十四年一月八日開かれた五開村議会において満場一致で助役である原告に対する不信任案が可決され、そのため村政及び村議会の運営に支障を來したところ、原告は更に同月十一日被告に配給物資横流し等の非行があるとして告発の挙に出たのである。本來助役は村長の女房役として、村長と表裏一体であるべきものであるのに、右のような次第なので止むなく罷免したものであり、右被告の措置に何等違法の点はないと述べ、立証として、乙第一、二号証を提出し証人依田幸男、同依田孝喜の各証言を援用した。

理由

原告が昭和十四年七月一日南巨摩郡五開村役場に書記として就職し、昭和十九年七月二十日同村收入役となり昭和二十三年五月十六日村議会の同意を得て、同村村長たる被告から助役に選任されたこと、しかるに、昭和二十四年一月十五日被告から原告の助役たる地位を免職する旨の辞令の交付を受けたことは当事者間に爭のないところである。原告は村長が地方自治法第百六十三條但書によつて助役を解職する場合においても正当な理由がない場合は違法であると主張するので、先ず本件解職の原因について檢討して見るに昭和二十四年一月八日の五開村議会において助役たる原告に対する不信任案が可決されたことは当事者間に爭なく、右爭なき事実に成立に爭のない乙第一、二号証及び証人依田幸男、同依田孝喜、同望月水造の各証言並びに原告本人訊問の結果を綜合すれば本件原告の五開村助役の就任及び解任の事情は次のようなものであつたことが認められる。すなわち昭和二十二年四月五日村長公選により当時五開村助役であつた被告が同村村長に当選し、助役が欠員になつたので、当時收入役であつた原告は当然自己が助役に昇進するものと考え、かねてその希望を表明し、村議会議員中相当数の支持を得ておつたのであるが、当時村役場の書記であつた望月戊吉も亦助役の希望があり、村長である被告もひそかにその就任を期待していたため助役人選に関し、被告と村議会との間に話がまとまらないまま助役は欠員になつていたが、昭和二十三年四月三十日に至り、原被告及び村議会議員等の間において、了解が成り被告は、先ず收入役である原告を助役として村議会に推薦するが、原告の任期は同年十二月二十五日までとし、その後は原告は望月戊吉に助役の地位を譲ると言う申合をしその旨の誓約書まで作成したので、同年五月四日村議会において被告から原告を助役に推薦し、村議会の同意を得て、原告が助役に選任されたものである。しかるに同年十二月二十五日右申合の期限が來たにもかかわらず、原告は助役の任期は四年であるから以上のような申合は無効であるとし、村長、村議会等の意思に反しても辞職しない旨の意思を表示したため、昭和二十四年一月八日の村議会において原告が右申合に從つて辞職しないと言う理由で前記のような原告の不信任案が可決されるに至つたものである。しかのみならず原告は居村中学校創立校舎建築準備委員の人選について被告との間に意見の対立を來したこともあり、平素原被告間の折合は余り良くなかつたこと等が前記各証拠によつて窺われ、これらの事実が本件原告解職の原因であると認められる。ところで地方自治法第百六十三條には「副知事及び助役任期は四年とする。但し普通地方公共團体の長は任期中においてもこれを解職することができる」と規定されている。そこで、右規定、特にその但書のよつて來るところの趣旨を考えて見るのに、そもそも、普通地方公共團体の長は、当該普通地方公共團体の最高理事者として、原則として当該團体の固有事務及び委任事務で議会の権限に属しない事項並びに國、他の地方公共團体その他公共團体の委任事務を管理執行する権限を有するのであるが、その担当する事務を行政の全部門にわたり自ら直接処理することは不可能であつて、その補助機関である職員を必要とし、現在では自治行政の成績が挙がるか否かは補助機関の組織、権限、素質及び敎養訓練の如何によるところが少なくない。市町村における助役の地位についてこれを見れば、公選の市町村長にしても、自己が平常信任し万事を委託して後顧の憂なき人物を最高補佐役とすることができなければ、その抱負を実現し、施策を遂行して選挙民の期待に副うことは困難であるのであつて、そこに一般の事務吏員とは選任の方法分限等を異にし、市町村長が自由に任用し、從つて又原則としてこれと進退を共にすべき補佐機関が必要となつて來るのである。即ち助役は市町村長の職務を代理すべき地位のいわゆる女戻役として、都道府縣における副知事と同樣地方自治法により直接選挙によつて選任されることになつた市町村長の最高補佐機関である。地方自治法においては右に述べたような助役の地位の特殊性にかんがみ、その選任方法も從來の市町村制における市町村長の推薦による市町村会又は府縣知事の認可を得てする市町村助役の選任方法を改め、その選任権を市町村長に與え、唯議会の同意を必要としたに止まるのであり、且つその任期は市町村長の任期と同一の四年であつて同法第百六十三條但書によれば、市町村長は助役の任期中においてもこれを解職することができると規定されているのである。市町村長と助役との間には常に緊密な信任関係を保つていることを絶対に必要とする。その結果、例えば市町村長が更迭した場合、前任者の選任した助役がなお存在していて故意に退職を肯じないと言うような場合、又は市町村長が自ら選任した助役であつても選任後これを不適任と認めるようになつた場合には村長はこれを自由に解任することができなければ、自治行政の運営上不都合な結果を生ずることは明らかである。地方自治法第百六十三條但書は以上説明したような趣旨において、市町村長は助役を任期中においても随時一方的に解職することができることを規定したものと解するのを相当とする。本件においては前段認定の通りの原因により原告の解職が行われたものであり、助役の任期を昭和二十三年五月から同年十二月二十五日までと言う七箇月前後の短期間に定めた申合の当否は兎も角として、被告が地方自治法第百六十三條但書に則つてなした本件原告に対する解職について原告主張のような違法の点はないのである。仍つて右の違法あることを前提として、被告が昭和二十四年一月十五日原告に対してなした助役解職処分の取消を求める原告の本訴請求は失当として、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用し、主文のように判決する。

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